2017年5月31日水曜日

ソフマップ秋葉原本店閉館に思うこと

変化の多い秋葉原に対していちいち感慨を持つほど若くもないのですが、ここだけは個人的に特別な意味があるので記しておきます。

それは2008年6月8日。

前日宿泊していて、この日は秋葉原で電子部品等を買う予定でした。ただ、まだ朝早かったため、秋月開店まで、まだ真新しいヨドバシAkibaに寄り道をして、書籍とCD等を物色することにした。まだ名古屋では書籍もCDも売れ筋は遅れがちで、また哲学や文芸評論など人文系を中心に教養の読書にはまっていたため、ヨドバシの有隣堂でも十分に魅力があり、秋葉原だけにコミックその他のディスプレイに惹かれ、立ち読みをして何をどこまで買えば予算内に収まるか、持って帰られれる重量になるか(どうせ新幹線に乗る前に丸善丸の内本店で大量に買うことはわかっていたから)、厳選をしているうちに、昼時になってしまった。

ついでなのでタワレコも若干ひやかし、上階のインド料理店(だったと思う)でカレーを食べ、それから大ガード下をくぐって電気街に出ようと、疲れた身体に気合を入れながら歩いていた。坂を上がり交差点まで行ったら左に折れ、ヒロセ横の路地から丹青通称の上林ビル方面に抜けるのだ。千石電商をひやかして、秋月へ向かうのだ。ヒロセ横の路地は人が少なく歩きやすい。もう2時をまわっていただろうか。

だが、なんだか様子が変だ。なぜ路肩に何台も消防車が停まっているのか。救急車も見える。人の流れが遅い。

やや人が少ないな、と思いながら坂を登ったところで空気が一変した。大量の人、人、人。路上でノートPCを開き、必死の形相で原稿を書いているスーツ姿の若い男女が縁石や生け垣の低いブロック塀を使っている。呆然と交差点方面を向いている人がその先に人垣を作っている。張り詰めた空気が一帯に漂っている。

何かが起きている。
当時はまだi-Mode携帯だった。でもニュース速報はわかる。

冒頭のたった1行を読んで、すべてを理解し、背筋が凍った。ここは無差別殺人現場だ。何人もの命がこの先で失われた。

動けなくなった。なにも考えられなくなり、気持ちを取り戻そうと、妻に一行、メールを送った。何の返信もなかった、と思う。思考は凍ったままだった。

人垣の向こうは非常線が張られていて、入ることはできない。ともかく手前で左に折れ、JR駅方向の路地から中央通りに出ようと思った。普段なら歩行者天国でどこでも渡れるはずだったが、非常線は中央線ガード下まで続いていたと思う。やっと出られたのは、結局ラジオセンターの前だった。

そこから北方面を覗くと、もう現場検証も終わろうかとしているところだったと思う。加藤智大氏はすでに取り押さえられ護送されたあとだったはず。交差点中央は空いていて、周辺に救急車何台かと警察車両はあったが、動き出す気配はなかった、と思う。

信号を渡ったのがどこか、その後の動きは記憶がない。もしかしたら、昌平橋方面にまわらざるを得ず、鈴商方面から入ったのかもしれない。

ただ、予定通りの動きをしたはずだ。千石で工具類をいくつか買い、秋月で大袋いっぱいに何かを買ってJR駅に戻ったのだと思う。その頃はもう夕方なので、もとの秋葉原の喧騒が、あのあたりの一帯には戻っていたはずだ。

後日、名古屋に戻って何ヶ月も経った頃、酒席で突然「(名古屋支店長だった頃は気安く接していただいていた、現在本社取締役)さんのお嬢さんのことは残念だった。就職も決まっていたけれど、ソフマップの店頭のいちばん目立つ場所でチラシを配っていたから狙われた」と、聞かされた。

それを聞き終えるまでの間に、すべてがフラッシュバックした。口がきけなくなった。

テレビも新聞も、ことあるごとに加藤智大氏の動きが詳細に繰り返され、そこにどのぐらいの人がいて、どこに何があるか、立体的に思い浮かべられるほどだったからだ。

その、鮮明な建物の並びと人混み以外は漠然とした脳内映像に、彼がダガーナイフを持って走り回るなか、大学4年生の女性に突撃し、刺しながら、次の相手に向かっていく映像が追加された。店頭の案内状の制服はわかる。背格好や容姿は似た人物が選ばれるので、顔だけが不鮮明な映像だが、多くの人混みが混乱するなか、下がることもできずにいる、一際華やかな容姿と制服に彼の目が注がれ、次の相手を探すように顔をそむけながらまっすぐ突入したのだろう。

その生々しい現場の情報は知らないし、知りたくもない。

2010年、伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」映画化作品を、名古屋のシネコンで観た。ビートルズはAbbey Roadのジャケットが幼い記憶にありリアルタイムはLet It Beだけなので伊坂小説作品にいまひとつ入り込めないのだが、映画は中村監督の手腕が発揮され素晴らしかったと思う。仙台旅行の記憶もあるので町並みにも見覚えがあり感情移入できた。

劇中、ゲームソフトを手に入れた小学生がクラスの仲間2人から奪われるシーンがヒロセ横の路地だった。周辺は人が多いにもかかわらず、ここはなぜか湿っぽく、暗くて人があまり通らない。路地にしては広いのに、両側が店の表でも裏口でもなく壁ばかりなので、人混みを避けるべきこのシーンにはうってつけのロケーションだ。観た瞬間にわかる。ああ、やっぱりここだよね。彼が逃げ込んだのもわかる。

秋葉原ラジオセンターの半畳の店で家業の手伝いをして育った、同じ年の知人も言う。あそこは特別だよね、と。

ソフマップAkiba本館に戻る。ここはなんだったけ。
1997年のアキバマップをarchive.orgで探ると、ヤマギワ本店とあった。なるほど、インテリア照明を中心としたショウルームだったっけ。本店は、上野方面の次ブロック手前角T-ZONE本店の中央通り反対側だ。いまはどうもじゃんぱららしい。トヨムラが元気だった頃。

ビックカメラに転換するのは合理的。立地の良さと秋葉原の客層に一般客が多いことを考えればそうすべきだろうと思う。開店10年を節目にしたのは何かを待っていたのか、それはわからない。